うーむ。初七日も過ぎたので、久々の更新します。ここから先は、読んで嫌な気分になるかも知れないので、そういうおそれのある方はご遠慮下さい。
親父さんは3月に書いたけど、III期の肺ガンで、抗ガン剤と放射線治療を行って、なんとか進行を食い止めていた状況だった。それにより完治にはほど遠いが、一旦お盆前に退院できるくらいにはなった。しかし、その後、肺炎を起こして再入院。よくなっては肺炎と繰り返し、ついに10月31日に細菌性の肺炎にて永眠。
前日までしっかり意識があり、最期は病に負けたが、それまでは医者がびっくりするほど元気な父だった。
反省としては、6年くらい前に行った大腸ガンの治療の後、腹部にはある程度気を使っていたものの、その他のところは、結局のところノーケアになってしまったことだ。小生としては、大腸ガンの治療を行って貰ったT病院に通うように言っていたのだが、病院側の定期的な検診以外は近くのS病院に通っていたようだ。この病院では、大腸ガンの時もそうだったが、結局ガンを発見するに至らなかった。もちろん患者の方の父も情報提供の面もあるので、病院が必ずしも悪いと言及はできないが。
小生としては、もっと強制的にでも人間ドックなどへ入れ、早期発見に努めさせるべきであった。そうすればもう少しは長生きさせることができただろうにと悔やまれる。
ここをお読みの壮年以上の方、またはそのご家族の方は、小生の轍を踏まぬようご留意願いたい。
今日、親父さんの検査結果を聴きに、一緒に病院に行って来た。
生体検査結果もやはり陽性で、細胞に変異性があるとのこと。病巣が気管のすぐ横なので、そこの病院では治療できないとのことで、明日呼吸器外科がある別の病院に行くことになった。
今後の治療方針は、新しい病院でないと分からないが、抗ガン剤か放射線治療かも知れない。
親父さんはカテーテルの手術で治ると言われて、その気になったようなので、落ち込んでいるだろう。抗ガン剤は辛いらしいと、知人から聞いたようでいやがっている。明日も一緒に行こうかと言ったのだが、一人で大丈夫だと言うし。
しかし、自分は無力だなあと、改めて思う。病気に関しては何もできないしね。精々励ますぐらいだ。
胃は痛いし、足の裏から膝にかけて何かの喪失感がくる。人並みの感情があるんだねえ。小生にも。
こんなことを書き始める小生は、どうかしているのだろう。
睡眠誘導剤を飲んだが、何かしてないと落ち着かなくて。
親父さんが検査入院して退院してきた。
肺に1cm大の腫瘍があるそうだ。悪性=癌なのか、そうでないのか正式結果は4月5日に出る。
が、内視鏡の検査では、癌の可能性が大だそうだ。3年くらい前、大腸癌の病歴があって、それについては回復したのだが・・・
7年前母は亡くなり、今、親父さんは、愛知県に一人で住んでいる。小生は横浜だ。妹は結婚して、やや遠い県内に住んでおり、小さな子供が二人いる(要するに看護は期待できない)。
愛知県に居ては、小生もそうそう会いにすら行けないし、親父さんは、軽いと信じているらしく、横浜(とりあえず一緒に住める広さのところに引っ越す必要はあるが)一緒に暮らそうと訊いたのだが、いやだという。わからないでもない、親父さんには自身の生活、交友関係もある。
風邪が長引いて居るなあと言う感じで、定期検査の時に見つかった。現在は歩ける。
今掛かってる病院は大腸癌に関して治してもらった、比較的大きい病院なのだが、肺ガンであった場合、腫瘍がでかいので手術はできないと言う。”全然癌じゃありませんでした、大丈夫でした!”という場合を除いては、別の病院行かねばならない。
どうしたらよいのか。母の時は、いきなりだったし、親父さんが居たし、どうもこうもなかったのだが。今回は時間があるということで、かなりへこんでいる。手に震えは来るし。原付乗ってると、危ない状況があったし。取り合えず4日には、親元に行こうと思うが。
その後の選択枝は、
(1)親父さんの意向を重視して地元の病院に行ってもらうか
(2)何とか説得して、横浜近辺の病院に来てもらうか
(3)それとも、ここなら治るっていう病院があるならそこに行ってもらうか
だが・・横浜の近くにしてもらったとしても、何ができるのだろう・・・